『羊は安らかに草を食み』
ブックレビュー ☆4つ
『羊は安らかに草を食み』 宇佐美 まこと
益恵(86歳)の夫に懇願され、アイ(80歳)と富士子(77歳)は認知症になった益恵を連れて旅に出る。
終戦後、満州から引き揚げた益恵が移り住んだ土地を、遡るようにたどる旅。
そして、益恵の心のつかえとなっているものを探る旅でもあった。
全五章で、一章から四章まで各章前半は当時の友人を訪ね歩く旅の様子が、後半は満州で引き揚げ船に乗るまでの様子が語られる。
しかし旅の終盤の五章では、ミステリーというかサスペンスの様相を呈してくる。
認知症になった老人が穏やかな最期を迎えるためのお話かと思ったら、ずいぶん趣が違った。
満州からの引き揚げというと、中国から船に乗って帰るという程度の認識しかなかったので、そこで語られる船に乗れるまでの過酷で壮絶な経験は衝撃だったし、かなりグロテスクな描写もあり、読み進めるのが辛かった。
他の著作を見るとミステリー作家のようで、エンディングに向けての展開は作者の得意とするところなのかもしれないが、そこまでの物語で十分読みごたえがあったので、益恵の心の闇を探るミステリー、というだけで良かったのではと思う。